早く行かないと龍也に怒られちゃうものね」
ぱちんっとウインクひとつ残して、月宮先生もまたロッジへ向かった。
「先生方は夜の準備をされるみたいですよ~。お夕飯楽しみですね」
「へぇ、そうなんだ。期待しちゃうなっ!じゃあ、行こうかっ!
せっかく海に来たんだから泳がなきゃ。ねっ!」
そう言って、バー型のフロートを掲げて見せた。
「うんっ」
笑顔で頷くと、一十木くんがにこっと笑ってくれた。
一十木くんがわたしの手を取り、海に向かって走り出す。
「音也、海に入るなら、準備運動くらい……」
すれ違い様、一ノ瀬さんが声をかけるけど、一十木くんの耳には入っていないようでした。
じりじりと焼ける砂の感触を足の裏に感じながら、砂浜を駆け抜ける。
「わぁ……。綺麗な水……」
波打ち際に辿り着き、濡れた砂に足をつけると、
寄せてきた波の動きに合わせて、すーっと足が砂に沈み込んでいく。
「きゃっ、冷たい……」
海の水は冷たくて、とっても気持ちよかった。
「そ~れっ!!」
一十木くんが手で水をすくってわたしにかける。
「わわっ!!何…?」
腕に水がかかり、その冷たさに驚いて、ちょっとだけ飛びのいた。
「準備運動っ!どうせなら、楽しくやった方がいいじゃんっ。それっ!」
「きゃっ……。もう~~。お返しですっ!」
わたしも負けじと、一十木くんに水をかけた。
「あはは、やったなぁ~」
波打ち際を駆け回り、水をかけあう。
それから、大きな波が来て、ふたりとも頭から波をかぶってしまった。
「あはっ」
「あははっ」
水浸しになり、顔を見合わせて笑いあう。
「んじゃ、行こうか」
一十木くんがわたしの手を取り、沖へ向かって歩き出す。
「あぁ、そうだ。コレ使おう!」
そう言って、バー型のフロートをわたしに被せてくれる。
ふたつある穴の片方にわたし、もう片方に一十木くんが入り、
海に入ると、波が来るたびに、ふわりと身体が浮かび上がる。
ゆっくりと足を進め、波の動きに合わせて、沖へ向かい泳ぎ出した。
あぁ、砂浜がもうあんなに遠い……。
どこまでも澄んだ、青い海。
「綺麗…………」
フロートに身体を預けながら、たゆたい、どこまでも続く海を見ていた。
水面がきらきらと輝いて、空の青を映す。
空と海の境目があいまいで、空へ繋がっているようだった。
「海ってこんなにキレイだったんだな……」
水平線を眺めながら、一十木くんが呟く。
「こんなにもキレイなものを君と見られた」
耳元でドキっとする声が響き、ハッとして横を向くと、一十木くんがわたしを見つめていた。
「感動を誰かと分かち合えた。それが嬉しいんだ。しかも、それが君だからなおさら」
にこっと微笑み、また海を見つめる。その横顔は少しだけ赤くなっていた。
「うん……。わたしも嬉しい……」
それだけ言って、わたしもまた海を見た。
ふいに、一十木くんが手を伸ばして、わたしの手と合わせ、指と指を絡ませる。
「え……?あっ、あの……」
「大丈夫。ここにはふたりしかいないよ。あっ、もしかして嫌だった?」
わたしはふるふると首を横に振った。
「そっか、良かった。こうしてるとなんかすげー落ち着くんだよね。
繋がってるって感じがする。だから、もう少しだけ、こうしていても……いい?」
「うん」
わたしが頷くと、一十木くんはにこっと微笑み、さっきよりも強く、手を握った。
夏の日差しを受けて、一十木くんの髪がキラキラと輝いていた。
少し日焼けした顔、情熱を秘めた瞳。
そして、繋いだ手から伝わるぬくもりが、わたしの胸を高鳴らせていた。
淡いエメラルドグリーンの波に揺られ、ふたりの身体が上下する。
そうして、わたし達は、繋いだ手と手のぬくもりだけを感じながら、水平線を眺めていた。
まるで時が止まったみたいに、ゆったりとした時間がとても心地よかった。
「お~~~い、そこのふたり~~!スイカ割りしようぜっ!」
ふいに浜辺から声が聞こえ、目を向けると、翔くんがスイカを片手に手を振っていた。
その声に驚き、わたし達はパッと手を離した。
そして、互いに照れ笑いを浮かべ、砂浜へ向き直る。
「お~~っ!今行く~~っ」
一十木くんもまた、大きく手を振って答え、
「じゃっ!行こうか?」
にこっと微笑みかけ、一十木くんがわたしの肩に手を回して、力強く泳ぎ始めた。
To be continued