2010年12月1日

スペシャルショートストーリー『Prince of summer vacation』- トキヤ編

「あっ、一ノ瀬さん」
砂浜を歩いていたら、一ノ瀬さんを見かけたので、わたしは思わず声をかけた。
「あぁ、あなたも散歩ですか?夕日が綺麗ですね」
「ええ……」
わたし達は、立ち止まり、沈んでいく夕日を眺めた。
水着の上に羽織った、薄手の白いシャツが夕焼け色に染まり、
一ノ瀬さんの白い肌にもまた、夕日は影を落としていた。
ほんのりと橙色に染まった横顔が美しくて、わたしは見入ってしまった。

「おもしろい場所を見つけたんです。一緒に行きませんか?」
じっと見つめていたら、急に話しかけられ、ドキっとした。
「おもしろい場所?」
「ええ、ちょっとした探検です」
そう言って、一ノ瀬さんが楽しげに笑った。
……一ノ瀬さん、こんな顔もするんだ。
いつもクールな一ノ瀬さんが今はちょっとわくわくしているように思えた。

少しずつ日が沈み、風景が闇に覆われる姿を見ながら、わたし達は波打ち際を歩いていた。
青からオレンジ、そして、深い闇の色へと、海は時間によってその姿を変えていく。
「ここですよ」
そして、一ノ瀬さんが案内してくれたのは、ひときわ闇の色が強い、
海辺の洞窟だった。

「足元が暗いので…………いえ、あなたの場合、注意するだけでは足りませんね。さぁ、手を……」
「ありがとうございます」
差し伸べてくれた手を取って、暗い洞窟の中へと入っていく。
入口からの光も少なくなって、足元がどんどんおぼつかなくなってくる。
でも、繋いだ手が力強かったから、全然不安はなかった。
「さすがに、少し暗いですね」
そう言うと、着ていたシャツのポケットから携帯電話を取り出して、わたしの足元を照らしてくれた。
そうして、少し歩くと、奥からぼうっと光が漏れていた。
「あそこです」
そう言って案内してもらった先には、小さな地底の湖、そして……。

「素敵…………」
洞窟の壁に光苔が生えて、淡く輝いていた。
壁の光りが湖面に反射して、すごく幻想的な光景だった。
「でしょう……。外の華やかな景色とはまた違った、落ち着いた魅力がありますね」
手を繋いだまま、一ノ瀬さんがにっこり微笑む。
「一ノ瀬さん、ずっとここにいたんですか?」
そういえば、神宮寺さんが、一ノ瀬さんを探したけど見つからなかったって言っていた。
「そうですね。偶然発見して、しばらく堪能していました。
けれど、こういったものは、ひとりで見るよりも、誰かと見る方が、感動が増すようです。
あなたに会えて良かった」
湖面の光を見つめながら、一ノ瀬さんが楽しげに呟く。
「わたしも嬉しいです。連れてきていただいて、ありがとうございます……きゃっ」
ふいに、落ちてきた雫が肩に当たって驚いた。
「ん……?あぁ、ここは少々、寒いかもしれませんね」
一ノ瀬さんが着ていたシャツを脱いで、わたしの肩にかけ、そのまま肩を引き寄せてくれた。

「これなら少しは温かいでしょう?」
顔が近くて……抱き寄せてくれる手が大きくて……。
ドキドキが止まらなかった。
「……はい。でも、熱いくらいです……」
わたしは恥ずかしくなって、俯いたまま答えた。
「熱いんですか?あぁ、確かに、頬が少し赤い」
俯くわたしの顔を覗き込み、一ノ瀬さんがくすりと笑う。
「さて……。そろそろ行きましょうか。あまり暗くなっては、帰りにくくなりますから」
そうして、わたしの肩を抱き寄せたまま、出口へ向かって歩き出す。
「あ……あの……」
「ん?どうしました?何か問題でも?」
恥ずかしくなって声をかけたけれど、一ノ瀬さんは何も気にしていないようでした。
普通のこと……なのかな?
「いえ……何も」
「そうですか。それはよかった」
にっこり微笑み、再び歩き出す。

そうして、砂浜へ出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「あっ!いたいたふたりともっ。これからみんなで花火やるんだっ!早くおいでよっ!」
遠くから一十木くんの声が聞こえた。
「はーーい。今行きまーーす」
わたしが答えると、一十木くんがひときわ大きく手を振った。

「……花火ですか。騒がしいのはあまり好まないのですが……」
一ノ瀬さんがふぅっとため息をついた。
「花火、お嫌いですか?」
「そうですね。さほど好きではありません。ただ、線香花火だけは、情緒があっていいと思いますよ」
「わたしも線香花火好きです」
「では、騒がしい連中から離れて、ふたりで静かに線香花火を愛でるとしましょう」
優しい笑みを浮かべ、一ノ瀬さんがわたしの手を取り歩き出した。

To be continued