砂浜を歩いていたら、一ノ瀬さんを見かけたので、わたしは思わず声をかけた。
「あぁ、あなたも散歩ですか?夕日が綺麗ですね」
「ええ……」
わたし達は、立ち止まり、沈んでいく夕日を眺めた。
水着の上に羽織った、薄手の白いシャツが夕焼け色に染まり、
一ノ瀬さんの白い肌にもまた、夕日は影を落としていた。
ほんのりと橙色に染まった横顔が美しくて、わたしは見入ってしまった。
「おもしろい場所を見つけたんです。一緒に行きませんか?」
じっと見つめていたら、急に話しかけられ、ドキっとした。
「おもしろい場所?」
「ええ、ちょっとした探検です」
そう言って、一ノ瀬さんが楽しげに笑った。
……一ノ瀬さん、こんな顔もするんだ。
いつもクールな一ノ瀬さんが今はちょっとわくわくしているように思えた。
少しずつ日が沈み、風景が闇に覆われる姿を見ながら、わたし達は波打ち際を歩いていた。
青からオレンジ、そして、深い闇の色へと、海は時間によってその姿を変えていく。
「ここですよ」
そして、一ノ瀬さんが案内してくれたのは、ひときわ闇の色が強い、
海辺の洞窟だった。
「足元が暗いので…………いえ、あなたの場合、注意するだけでは足りませんね。さぁ、手を……」
「ありがとうございます」
差し伸べてくれた手を取って、暗い洞窟の中へと入っていく。
入口からの光も少なくなって、足元がどんどんおぼつかなくなってくる。
でも、繋いだ手が力強かったから、全然不安はなかった。
「さすがに、少し暗いですね」
そう言うと、着ていたシャツのポケットから携帯電話を取り出して、わたしの足元を照らしてくれた。
そうして、少し歩くと、奥からぼうっと光が漏れていた。
「あそこです」
そう言って案内してもらった先には、小さな地底の湖、そして……。
「素敵…………」
洞窟の壁に光苔が生えて、淡く輝いていた。
壁の光りが湖面に反射して、すごく幻想的な光景だった。
「でしょう……。外の華やかな景色とはまた違った、落ち着いた魅力がありますね」
手を繋いだまま、一ノ瀬さんがにっこり微笑む。
「一ノ瀬さん、ずっとここにいたんですか?」
そういえば、神宮寺さんが、一ノ瀬さんを探したけど見つからなかったって言っていた。
「そうですね。偶然発見して、しばらく堪能していました。
けれど、こういったものは、ひとりで見るよりも、誰かと見る方が、感動が増すようです。
あなたに会えて良かった」
湖面の光を見つめながら、一ノ瀬さんが楽しげに呟く。
「わたしも嬉しいです。連れてきていただいて、ありがとうございます……きゃっ」
ふいに、落ちてきた雫が肩に当たって驚いた。
「ん……?あぁ、ここは少々、寒いかもしれませんね」
一ノ瀬さんが着ていたシャツを脱いで、わたしの肩にかけ、そのまま肩を引き寄せてくれた。
「これなら少しは温かいでしょう?」
顔が近くて……抱き寄せてくれる手が大きくて……。
ドキドキが止まらなかった。
「……はい。でも、熱いくらいです……」
わたしは恥ずかしくなって、俯いたまま答えた。
「熱いんですか?あぁ、確かに、頬が少し赤い」
俯くわたしの顔を覗き込み、一ノ瀬さんがくすりと笑う。
「さて……。そろそろ行きましょうか。あまり暗くなっては、帰りにくくなりますから」
そうして、わたしの肩を抱き寄せたまま、出口へ向かって歩き出す。
「あ……あの……」
「ん?どうしました?何か問題でも?」
恥ずかしくなって声をかけたけれど、一ノ瀬さんは何も気にしていないようでした。
普通のこと……なのかな?
「いえ……何も」
「そうですか。それはよかった」
にっこり微笑み、再び歩き出す。
そうして、砂浜へ出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「あっ!いたいたふたりともっ。これからみんなで花火やるんだっ!早くおいでよっ!」
遠くから一十木くんの声が聞こえた。
「はーーい。今行きまーーす」
わたしが答えると、一十木くんがひときわ大きく手を振った。
「……花火ですか。騒がしいのはあまり好まないのですが……」
一ノ瀬さんがふぅっとため息をついた。
「花火、お嫌いですか?」
「そうですね。さほど好きではありません。ただ、線香花火だけは、情緒があっていいと思いますよ」
「わたしも線香花火好きです」
「では、騒がしい連中から離れて、ふたりで静かに線香花火を愛でるとしましょう」
優しい笑みを浮かべ、一ノ瀬さんがわたしの手を取り歩き出した。
To be continued